「オン・ボーディングプログラム」の設計について

Writing by:佐藤 薫

こんにちは。CANTERA ACADEMY4期卒業、佐藤薫です。10期からCANTERA ACADEMYの一部で講師をしています。まず、「オン・ボーディング」とは何かについて改めて。英語で書くと、on-boarding。これは、on-board(飛行機や船乗るという意味)からうまれた造語で、新入社員の教育・育成プログラムの1つとしても認識されていますし、SaaSビジネスモデルのカスタマーサクセスの文脈でも語られることが多いですが、いずれにしても「人を、そこに定着(活躍)させるための仕組み」ということになります。

「オン・ボーディング」とは何かについて

デジタルマーケティングの世界では、顧客が継続的に企業と向き合っていく様を「カスタマージャーニー」と呼びますが、その中には、「立ち上がりの導入(オン・ボーディング)」と、「継続的に利用を続ける運用(オン・ゴーイング)」という2段階のフェーズがあります。「オン・ボーディング」は、これから始まるカスタマージャーニーにエントリーしてもらう段階であり、その重要性について、世界的SaaS企業である米国セールスフォース・ドットコムのブライアン・ウェイド氏は、「“第一印象”のチャンスは一度きり。だから、オン・ボーディングは関係づくりにおいて非常に重要だ」と言及しています。

最近は「採用マーケティング」に代表されるように、人事にマーケティングの観点を取り入れていくのが主流になってきていますが、「オン・ボーディング」についても上記のようにマーケティングでも使われている概念ですので、マーケティング文脈では、実際どのように活用されているのかを知っておくことは、人事の文脈でオン・ボーディングを考える上でも役立ちそうですね。

「誰をバスにのせるか」が「採用」だとすれば、「オン・ボーディング」は「バスにのせたあと」の話。欧米では、Airbnbはじめ、すでに多くの企業で取り入れられているので、そちらの方が事例は多そうなのですが、日本でも、このネーミングでなくとも、新入社員オリエンテーション、新入社員歓迎会、新入社員研修、メンター制度などなど。「オン・ボーディングプログラム」の要素となるものは、どの会社でも既に運用されているのではないでしょうか。

ただ、大事なのは、ひとつひとつを【点】で捉えずに、「オン・ボーディングプログラム」という一連の流れとして捉え、【線】で設計すること。そして何よりも「オン・ボーディングプログラム」の目的/ゴールを明確にしておくことではないでしょうか。

「オン・ボーディングプログラム」はなぜ必要か

人事のコアVALUEは、「人と組織のパフォーマンスを最大化させて、業績向上/事業成長につなげること」ですので、「採用」自体は、ゴールではありません。採用した人たちを活かして、いかに業績向上につなげていけるかまで考え抜く必要があるのです。そう考えた時に「オン・ボーディングプログラム」の果たす役割は大きく、本来は「いつまでに、どれくらいのパフォーマンスを発揮してもらうためには、どのような支援が必要か」という視点で綿密に設計する必要があります。

「ヒト・モノ・カネ・ジョウホウ」と言われるように、人材(ヒト)は経営資源の一つですが、他との違いは「感情」を持っていること。ただ無機質な資源として消費すればいいという話ではなく、本人の感情に寄り添うこと、本人にとってのサクセスは何かを考えることも同時に必要です。Employee SuccessとCompany Successの、いわゆるWin−Winの関係を実現できるかが重要なポイントになります。

よくある誤解として、「中途採用は即戦力採用なのだから、オン・ボーディングなどなくともパフォーマンスを発揮すべき」という主張があります。しかし、どんなにスキルフルな人材であったとしても、何のサポートもなく一日目から高いパフォーマンスを発揮することは難しいのでは無いでしょうか。人間は機械ではないのですから。

例えば料理の効率をあげるために、フードプロセッサーを購入したとします。フードプロセッサーは、特別オン・ボーディングも必要なく、購入したその日から壊れるその日まで一定のパフォーマンスを出し続けますが、人間はそうはいきません。環境によって、パフォーマンスを発揮したりしなかったりします。フードプロセッサーは、環境を整えてやったり、褒めてやったりしてパフォーマンスが上がることはありませんが、人間の場合は、仕組みや環境を整えることで、パフォーマンスが飛躍的に上がることはよくあります。そこが人間の面白いところですね。

最近は、Employee Journeyという言葉もメジャーになりつつありますが、これからの人事領域において必要なのは、このJourneyという言葉も示すように、ぶつ切りではない一連のストーリーの中で、ひとつひとつの施策を組み立てていくことではないかと考えています。

私が「オン・ボーディングプログラム」を設計する際には、こちらの記事を参考にしておりますので、是非こちらもご覧ください。

https://mirai.doda.jp/series/interview/piotr-feliks-grzywacz-3/

5つの壁

ご紹介した、上記のピョートル氏のインタビュー記事によれば、新入社員の前には、「5つの壁」が立ちはだかっており、少なくとも最初の90日間で、この「5つの壁」を取り払えるようなプランを設計して、それを実行していくことが重要であるとしています。

この「5つの壁」ですが、よくよく見てみれば特段目新しいものではなく、「確かに」と、誰にとっても納得性の高い内容になっていますし、皆様自身が従業員として、これらの壁に直面したご経験がおありなのではないでしょうか。

私自身も過去を振り返りつつ、こういう失敗が実際にあるな、というものを「5つの壁」ごとに分けて考えてみました。

1.準備の壁
Googleの社内調査によると、入社初日にしっかりと受け入れ態勢を整え、準備されていると、次の3ヶ月以内のパフォーマンスが30%上がる言われています。新入社員を受け入れるチームのメンバーやマネージャーがしっかりと準備できているかがポイントになります。
(よくある失敗例)入社初日、誰がチームメンバーなのか、自分の上司は誰なのかわからない。ひとまず席に案内されたが何をしたら。。。

2.人間関係の壁
受け入れ側の「サポートしよう」とする体制が重要。自分のチームだけでなく他部署も含め、誰がどんな役職で、誰と関係性を構築していけばいいか、誰がステークホルダーで、それぞれどんな性格や傾向があるのか、説明したり、必要に応じて面談やランチなどをセッティングしたりすることも効果的。
(よくある失敗例)ひとまず席に座ったが、この島はみんな同じチームなんだろうか。。隣の島の人たちは一体。。誰に何を聞いたらいいんだろう。。

3.期待値の壁
ミッションや入社意図、業務内容、求められる成果が、新入社員自身とチームマネージャーとで異なることがあります。
お互いにどんなことを求めているのか、期待値をすり合わせ、確認しておく必要があります。
(よくある失敗例)新規事業チームとしてジョインしたはずなのに、やっているのは、既存事業のアシスタント的な業務ばっかり。思ってたのと違う。

4.学びの壁
担当業務内容やそれに必要な知識やスキルはもちろん、会社の仕組みや社風、価値観など、学ぶ必要のあることは多岐に渡ります。それらをなるべく早く学べるよう、受け入れるチームもしっかり事前準備したうえで、OJTやOffJTなどで実地的に教えていきます。
(よくある失敗例)社内の情報のありかが整理されていないから、調べるのに時間がかかりすぎる。。

5.成果の壁
何ができていて、何が改善すべきことなのか
、本人では分からないこともたくさんあります。できるだけ早く”プチ成功”できるよう、オフィシャルでもカジュアルな形でも、周囲からどんどんフィードバックを受けられるようなフィードバックグループを作ります。
(よくある失敗例)毎日なんとか与えられた仕事はこなしているけど、本当にこれでいいんだろうか。。なんかずっと放置プレー。。

いかがでしょうか?「あるある」と頷いていただけるものが多いのでは、と思います。ということは、裏を返せば、最初の90日間で、この「5つの壁」を取り払えるプランを設計して、運用しきることができれば、新入社員のパフォーマンスを最大化することに繋がる、という一つの仮説が成り立ちます。だとすれば、「オン・ボーディングプログラム」を設計する上で、かなり使えるフレームワークなのではないでしょうか。

では、具体的に、このフレームワークを使って、どのように整理をしていくのかについて。

STEP① 90日間で、「5つの壁」を超えさせるための施策を書き出してみましょう!

まずは、すでにある施策を書き込んでいくのがおすすめです。「〜入社日までにはこれをやっているな」「3ヶ月のタイミングであれをやっているな」といった具合です。そうすると、「5つの壁」に対して、現状実施できていない「穴」が見つかるので、そこを埋めうる施策をブレスト→立案し、赤文字で埋めていきます。

STEP② ①で書き出した施策を5W1Hで整理しましょう!

次に、①で書き出した施策を5W1Hで整理していきます。

ほとんどの人事施策において、「人事部内だけ」で完結するものは、ほぼないので、「誰を巻き込むのか」というステークホルダーの整理は欠かせません。(それが【WHO】の部分です)私も過去、この整理がありまいなまま施策を走らせたがために、途中で頓挫するという苦い経験を何度もしています。ですから、この段階で現場の担当者を巻き込みながら、ワーク形式で一緒に施策の整理をしていくなど「巻き込みの工夫」が必要になりそうです。

STEP③ 整理したものをスプレッドシートなどに落とし、運用していきましょう!

例えば上記の図のような形です。きれいに設計をしても運用されないと意味がないので、チェックシートで一元管理していくとスムーズですね。(今回は例としてスプレッドシートを用いていますが、組織規模によって最適解は違うかと思いますので、自社にあった運用方法を見つけていただければと思います。)

「オン・ボーディングプログラムの設計」とだけ聞くと、非常に難易度が高く感じますし、私も過去、ずっと悩み続けていたのですが、こういったフレームワークをうまく活用して整理していけば、設計のハードルはだいぶ下がりますね!

リスガードのU字曲線

ところでみなさんは、「リスガードのU字曲線」というのをご存知でしょうか?

「リスガードのU字曲線」というくらいなので、提唱したのは、リスガード(S.Lysgaard)という方で、「異文化に飛び込んだあとの心理の動き、人が新しい環境に馴染むプロセス」について言及しています。

具体的には、異文化に飛び込んだ時、はじめは、見るもの聞くものが楽しく新鮮(①ハネムーン期)ですが、その後、自分がこれまでいた文化との違いから、色々なハレーションが起こり、不安定な心理状態になる。(②不適応期)しかし、新しい文化の中で、ある程度時間がたてば、だんだんとそこでの価値観や行動様式が理解できるようになって適応していくことができる。(③適応期、④成熟期)というものです。

ちなみに、U字曲線とはいっても、実際にどのような曲線を描くかは当然個人差があり、ショック期が短い人もいれば、ショック期が長い人もいます。「リスガードのU字曲線」については、本来は海外留学などの際のカルチャーショックといった文脈で語られることが多いようですが、それだけではなく、新入社員の五月病などについてもこの理論が当てはまり、「リスガードのU字曲線と五月病」について言及していらっしゃる医師の方も多くおられます。

ここで改めて思ったのは、冒頭でもお伝えしたように、どんなに優秀な人を採用したとしても「なんのサポートもなく」定着・活躍してくれというのは無理な話で、(誰しもがぶつかる)新入社員特有のストレスのメカニズムという観点でも、やはり「オン・ボーディングプログラム」を綿密に設計することは必要だと痛感しています。

部署や役職が変わったとき

人が新しい環境に馴染むプロセスとしての「リスガードのU字曲線」は、必ずしも新入社員に限った話ではありません。「新しい環境」ということでいえば、部署や役職が変わったときもこれに当たります。

マネージャー研修などはあれど、大企業であっても、新入社員の時ほど手厚いサポートはないような気がしています。「新入社員じゃないんだから。。」という気持ちがどこか、見え隠れしているようです。しかし、「リスガードのU字曲線」のように、多くの人に共通するとされる環境適応のプロセスがあるのであれば、それに沿った設計をすることは、ごく自然なことではないでしょうか。
ピョートル氏の記事の中でも、『ハーバード流マネジメント講座 90日で成果を出すリーダー』という書籍が紹介されていましたが、ここには、ハーバード・ビジネススクールで運用されている新任マネジャー向けのロードマップがまとめられています。成果主義のアメリカにおいても、「定着・活躍に向けての仕組み」がパッケージ化されているのであれば、「自分でなんとかしろ」というのはやはり無理があり、ある一定のサポートは必要であることは明白です。

採用の成否判断

最近は、「採用のユニットエコノミクス」というような考えも少しずつ叫ばれるようになってきましたが、従来の採用人事は「採用数」ばかり追いすぎていたという問題提起を最後にさせてください。

繰り返しになりますが、人事のコアVALUEは、「人と組織のパフォーマンスを最大化させて、業績向上/事業成長につなげること」ですので、「採用」自体は、ゴールではありません。採用した従業員のパフォーマンスを最大化させ、業績向上/事業成長につなげるところまでが、本来あるべき人事のMISSIONです。だからこそ、「採用がうまくいったかどうか」の判断軸をどこにおくのか、どの時間軸で判断するのかを予め設計しておくことが必要になります。

「オン・ボーディングプログラム」においても「やること」自体が目的になってはいけません。あくまでも、それは「手段」でしかないのです。また「オン・ボーディングプログラム」に限ったことではありませんが、全ての人事施策において、【どの企業にも使える魔法のような解決策】はありませんので、自社では、「どのようなオン・ボーディングプログラムを実施すれば、個々人のフォーマンスを最大化させ、業績向上/事業成長につなげることができるのか」を経営/現場のメンバーと共に考え抜く必要があります。

最終的に正解は社内にある。私はそう思っています。

また、機会があれば、皆様の会社のオン・ボーディングプログラムについて教えて頂きつつ、ディスカッションができると良いですね!

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執筆者

佐藤 薫

CANTERA4期卒業生。
10期からは、一部の回で講師もさせて頂いております。
大学卒業後、大手アパレル企業→人材エージェント→外資物流企業→ITベンチャーを経て6月よりフリーランスに。BizDev出身で、人事にキャリアチェンジをし、人事歴としては4年ほど。「現場→人事」という異色のキャリアの私だからこそ伝えられる視点を活かして、「事業を伸ばす人事」実現のために奮闘中。Twitter /noteでも「戦略/事業/人事…」について、あれこれアプトプットしていますので是非ご覧ください。

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